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ゴールドパックのおいたち@
 
1995年 魔女っこ・しんぶん2月号掲載記事より
 
福田珈琲株式会社   会長 福田 規雄
 
 昭和26年(1951年)に、大阪でコーヒー焙煎加工販売業として創業、営業を始めました。
福田珈琲の創世記は苦難の連続でした。当時、コーヒーの販売先は全て喫茶店で、1ポンド(450g)当たり750円でした。現在のキロ立てに換算すると1キロ当たり1670円(現在の70%程度)でした。他の食品に比べるとずいぶん高価な物でした。
ちなみに鶏卵は物価の優等生といわれますが、コーヒーはそれ以上ですね。
 さて、喫茶店に売り込みに行く際、必ずサンプルが必要となりますが、その費用がまた馬鹿になりません。サンプル(0.25ポンド=112g)の売価が187円。その当時の3人家族の1日の生活費が200円程度といわれた時代でしたので、サンプル費捻出には大変な苦労を強いられました。

 そして、その血が滲むほど高価なサンプルを持参しても、殆どの喫茶店さんの反応はというと、「現在使っている他社のコーヒーと変わり映えしない」「香りが強すぎる」とか「もっとソフトで甘い感じのコーヒーだったら、今すぐに君のコーヒーに切り替えてもいいよ」などなど冷たいものばかりでした。

 当時のコーヒーのイメージ「柔らかくて、甘い香り」これは米国製のMJB、ヒルズブラザーズ、チェスサンボーン等のポンド缶コーヒーの特徴でした。戦前の1940年頃から輸入が途切れ、戦後1946年頃から闇市を通じて喫茶店に広がったものでした。缶の巻き取り口をねごると、プスッというバキューム缶特有の音がして、缶内の甘い香りが勢いよく飛び出したものです。

 当時の米国製コーヒー缶は真空度を60〜70%にする技術しかなく、缶内のコーヒー自体が酸化した気体を充満させてしまうのです。それが一気に吹き出し、永らくコーヒー本来の香りを忘れていた日本人に「甘い香り」と勘違いさせたのです。丁度あの郷愁のような「錯覚」を植え付けたのでした。

 良い豆の輸入が再開してから私が一所懸命に焙ったコーヒーの方が、油が廻って酸化した米国製コーヒーより刺激が強いのは当然です。刺激こそがコーヒーの新鮮さを物語るものだからです。

 しかし「これが本物のコーヒーなのです!」と喫茶店のご主人を説得する知恵も知識も当時の私にはありませんでした。せめて「アレは酸化した香りなのです!間違っておられます!こちらの方がフレッシュで本物のコーヒーなのです!」と言い切ることが出来ておれば、血の滲むような苦労も報われたかも知れずと、今さら悔やんでも仕方のないことです。(続く)
         
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